かぎ針・毛糸・編み物大好きな石田陽美について自己紹介しています。

あみぐるみのantoco*について

そもそもあみぐるみとは?

<wikipedia情報>
あみぐるみ(編み包み)は、毛糸などの編み物で作った人形。ぬいぐるみの一種。
あみぐるみがいつ頃から作られていたのかは不明。編物を使用した人形は知育玩具や幼児向けのおもちゃとして古くから作られていたが、日本では1980年代後半にNHKの教養番組で取り上げられたことから『あみぐるみ』の名称が一般化した。基本的にかぎ針一本で製作できることから取り付きやすく、愛好家が増えており、2001年にはあみぐるみ展が開催されるまでになった。

とのことです((´∀`*))

石田陽美(いしだはるみ)とあみぐるみについて

●あみぐるみのantoco*代表/石田陽美(いしだはるみ)
●出身/長崎県にある小さな島/壱岐出身(しまっこ)
●趣味/あみぐるみ・テニス
●特技/あみぐるみ・テニス
●ほかにできること/web制作(webデザイナーです♪)

私は、小さな\い頃から手遊びが大好きな子どもでした。あやとり、折り紙、塗り絵など、一人でこつこつと何かを作るということにいつも没頭していました。小学校に入る頃には縫い物に興味を持ち始め、刺繍をしたり、フェルトで人形を作ったり、その人形が着るための洋服を作ったりしていました。 冬になると興味は編み物へと変わります。母がセーターやマフラーなどを編み始めると、私も真似をしてマフラーを編んでみたくなるのです。しかしマフラーは小さな子どもにはなかなかハードルが高く、数段編んでは挫折するを毎冬繰り返していました。正直なところ「編み物ってあんまりおもしろくないあ」と思っていました。
それでもやっぱり冬になるとマフラーに挑戦したくなるのです。そんな、小学5年生の冬のこと。

たまたま母が持っていたファッション誌を眺めていたら、今まで見たこともない毛糸で作られた「ゾウ」や「トラ」や「ウサギ」などの人形を見つけました。それは「あみぐるみ」というものでした。「毛糸でこんなにかわいいものが作れるなんて!まるい!立体だ!」と子ども心にすごくときめいたことを覚えています。子どもの私には衝撃的な出会いでした。すぐに母に「編み方を教えて!」とお願いし作ってみることに。
かぎ針に触れたのはこのときが初めてでした。悪戦苦闘しながらかぎ針の使い方をマスターしようとするのですが、最初からそんなにうまくいくはずがありません。結局編み始めた「ゾウ」は完成まで母に手伝ってもらうことになりました。
うまくいかなかったことで、今までのマフラーと同じようにすぐに飽きてしまうかと思いきや、私はここからこの「あみぐるみ」というものにすごくのめり込んでいったのです。

毎日かぎ針と毛糸を触り続けたおかげで少しずつかぎ針の使い方がわかるようになってきました。そうすると作ることが楽しくなってきて、学校から帰えるとすぐにあみぐるみ制作に取りかかる日々を過ごすようになりました。

中学生のころは当時テレビで流行っていた「ドラゴンボール」に出てくるキャラクターを、片っ端から編むことに夢中になっていました。ピッコロや、ミスターポポ、クリリンなど、完成すると家族に「上手やねえ」と褒められてすごくうれしかったことを覚えています。
高校生になるとあみぐるみを作って生活したいなあと漠然と思うようになりました。
私は壱岐という小さな島出身なのですが、その島に数店しかない雑貨屋さんをひとつひとつまわり、「私のあみぐるみを置いてもらえませんか?」と頼んでみたこともありましたが、 やはりまだまだつたない子どもの作品です、どこのお店もOKを出してはくれませんでした(当たり前ですね!)。
私自身も「できたらいいなあ」くらいにしか思っていなかったので、あみぐるみを作って生活したいなという淡い夢は、いとも簡単にあきらめていました。

社会人になってからはあみぐるみを作ることはほとんどなくなっていました。あみぐるみを作ることを仕事にしたいなあ、そんなふうに思っていたということも忘れかけていたある日、仲間内で友だちの誕生日パーティをしようという話が持ち上がりました。私はその友だちが大好きだったので、何か思い出に残るようなプレゼントをしたいなと思いました。いろいろと考えるうちに子供のころ夢中になって編んでいたあみぐるみを思い出しました。「そうだ!彼女によく似たあみぐるみをつくろう!」と、数年ぶりに毛糸を買い編んでみることに。編むたびにどんどん楽しくなってきて、あっという間にあみぐるみが完成しました。それは、スリムな黒猫に彼女がよく聞いていた洋服を着せたものでした。
誕生日パーティ当日、どきどきしながらそのあみぐるみをプレゼントすると友だちはすごく喜んでくれて、まわりの友だちもみんな「すごい」「かわいい」と口々に褒めてくれました。そして「これなら売れるよ!」とまで言われうれしくなった私は、その言葉をそのまま受け取り、「よし、あみぐるみを売ってみよう!」「そのためのホームページをデザインしてみよう!」と思ったのです。

あみぐるみのantoco*について

それからホームページ作りに取り掛かりました。当時はドメインって?サーバーって?と実際にやってみるとわからないことだらけで、そのたびにまわりの友だちに助けてもらったものです。ネットショップの名前は何にしようか、ロゴのデザインはどうしようか、あみぐるみはどれを載せようか、金額はどのように設定しようかと、考えることがいっぱいでたいへんでしたが、辛さはまったくなく、むしろ楽しくて仕方がありませんでした。

そして2004年2月29日に「あみぐるみのantoco*」というサイトをオープンさせたのです。
もちろんただネット上に公開しただけで、たくさんの人に見てもらわなければいけませんし、まだまだ作品も少ないし、すぐに買い手がつくわけではないので、これからがたいへんなのですが、自分のサイトができたということにとてもうれしく思っていました。

実はサイトオープンの前日にとてもうれしいことがおこったのです♪
それは、あみぐるみが1つ売れるというとても素敵なことでした!
サイトに掲載するあみぐるみを撮影するために近くの公園に行ったときのこと。たまたま休憩のため入ったカフェで、保育園児くらいのお子さんを連れたお母さんに声をかけられたのです。「かわいい人形ですねえ。私はそういうの作れないからうらやましいです。」と。
すると一緒にいたお嬢さんが「これ欲しい!」とかわいいことをいうじゃないですか。するとお母さんが「これおひとつおいくらですか?よかった売ってくれませんか?」とお買い上げいただいたのです。正直びっくりし過ぎて、ちょっとあわてましたよ(笑)

まだ何もしていないのに、私が作ったあみぐるみがはじめて1つ売れました。それはとてもうれしくてありがたいできごとでした。おかげで、私は自分の作品に自信も持つことができました。
サイトは徐々にですが見てくれる人が増え、少しずつ知らない方からも注文をいただけるようになっていきました。

それからときが経ち、現在へと至ります。私の編むものは、ちょっと変なものばかり。でもおかげさまでそんな私の作るあみぐるみを、「おもしろい!かわいい!」と言ってくださる日本全国のたくさんの方に受け入れていただき、購入していただいています。

たくさんの方が笑って楽しんでいただけるあみぐるみをこれからもずっと作り続け、たくさんの人に手にしていただきたいと思っています。
次はどんなあみぐるみを作ろうか?毎日の想像の中でふと思いついたデザインのおもしろかわいいあみぐるみをこれからもずっと創り続けていきますので、どうぞ楽しみに見にきて下さい。そしてぜひ購入していただき、自分の手元においてかわいがっていただけたらと思います。これからも、どこか笑える作品を作りつづけていきますので「あみぐるみのantoco*」をどうぞよろしくお願いします((*´∀`*))

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